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どれだけ手を尽くそうが看護しようが救えない命がある。だからこの...

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ナースA
新人ナース
どれだけ手を尽くそうが看護しようが救えない命がある。だからこの仕事をしていて、どれだけ一生懸命向き合ってもただの自己満足だなと思うことが多い。亡くなってからもその後の家族やその周りの人の悲しみは癒えることは無い。だから人の不幸の上で成り立ってる仕事だと言うことを忘れたくない。看護師であるというよりも、1人の人として、目の前の人を少しでも幸せにしたい。なんか最近そう思う。でも自分にできる事や技術、知識が乏しすぎて自分に何ができるかわからない毎日。トラウマも邪魔をする。周りに染まりたくない。死に慣れるのも怖い。でもそういう看護師でありたい。腕を磨きたい。
  • 家族
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    ナースB
    リーダー, 泌尿器科
    お疲れ様です。 読ませていただいて、ぴんさんは、とても正直で一生懸命で実直なお人柄なんだろうなと想像していました。この先どんなナースになられるんでしょう、ある分野に特化した認定ナースでしょうか、後輩育成に力を注がれるんでしょうか、どんな方向に向かっても、ぴんさんなら期待できそうに思えます。 不安に駆られて、技術を磨くことは、とても素晴らしいことです。 さて、そんなぴんさんにこんな事を言ったら、気を悪くされるかもしれませんが、考え方のひとつの方向として。 私は今日生死の境にいる患者さんを受け持って、できる限りのケアをしてきました。 その私の今日の夜ご飯は、冷凍のシュウマイでした。 その冷凍シュウマイには、肉があり、皮がありましたので、そのお肉を作っている人がいて、お肉になる前の豚さんを育てている人がいます。皮は小麦粉からできていて、小麦粉を作る人がいて、その小麦を作ってる人がいます。輸入する為の船を動かす人がいて、それを運ぶ人もいます。 工場では機械が多くの仕事をしていますが、その機械を作る人がいます。これがうちの父の仕事でした。また、その機械を作るための部品を作る人、部品を作るための機械を作る人、それを使う人がいます。 その人達の生活を守る、ほかの様々な仕事をしている人がいて、わたしの今日のお夕飯はそれらのすべての人々の支えがあって成り立っていて、明日の私の健康を維持し、それが明日のより良いケアに繋がっています。 つまり何が言いたいかというと、どんな仕事も最終的には人の命につながるんです。医療だけが人の命を担ってるわけではなく、いつも誰かが誰かを支えているんです。 たしかに医療は無力で命は尽きるものです。かと言って、この仕事が人の死を前提にしているものではないし、ましてや不幸ありきで成り立ってるものでもないと、私は思っています。 考え得るどんな仕事も、お互いに、誰かの生活やそこにある幸せや、明日への活力のために支え合っているんだと思っています。 明日、ぴんさんの笑顔で救われたと感じた患者さんが、次は別の誰かを笑顔で救うかもしれない。 バカバカしいと思うかもしれませんが、思いはやがて形になるんだとしんじてます。前向きすぎるかもしれませんが、理想も綺麗事も、ないよりはあった方がいいと思っています。 自分だけが、人の命を左右しているわけではありません。たくさんのひとが、ひとりの人生にかかわり、命を守っているんだということ、そして我々看護師は、その大切な一部分を一緒に支えているんだという、長い長いお話でした。

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